企業が向き合うジレンマとは その問題と対策
企業が活動していく中で、実はさまざまな「ジレンマ」が発生していることにお気づきでしょうか。
従来の成功が企業としての転換や成長を妨げたり、品質へのこだわりが却って顧客との距離を生んでしまったり……といった、さまざまな「ジレンマ」が起こっています。
では、そもそも「ジレンマ」とは何なのか、企業が直面する主な例を挙げながら、対策を考えていくことにしましょう。
ジレンマとは
「ジレンマ」とは、相反する二つの選択肢の間で板挟みになることを言います。
この二つの選択肢はいずれも問題をはらんでいて、どちらかを選ぶことに葛藤を抱かざるを得ない状況です。
「ジレンマ」は、論理学で言う「三段論法」のひとつで、これは、日本では「両刀論法」とも呼びます。
たとえば、
- Aに叛くのは正しくないし、Bを裏切るのも正しくない
- けれども、AとBの意見は相反していて、Aに従えばBを裏切ることになり、Bに従えばAに叛くことになる
- つまり、どちらを選んでも正しくない
というふうに結論を導き出す論法です。
様々なジレンマについて
各種学術分野の著名人たちが、多様な「ジレンマ」を挙げています。
主に問題とされるのが、「囚人のジレンマ」、「ヤマアラシのジレンマ」、そして「イノベーションのジレンマ」などです。
これらは、ビジネスにおける多くのシーンで用いられます。
企業経営であったり、あるいは人間関係であったりのたとえ話として語られます。
囚人のジレンマ
「囚人のジレンマ」とは、ゲーム理論のひとつです。
共犯関係にある2人の容疑者が逮捕されたとしましょう。
かれらは別々の部屋で取り調べを受け、それぞれ警察から以下の条件を突き付けられます。
- 自分だけが自白した場合、自分は無罪になって、もう1人がその分の罪を負って刑期を延ばされる
- どちらも自白すれば2人とも刑期はそのままだが、どちらも自白しなければ2人とも刑期が縮まる
普通に考えれば、容疑者たちにとって、2人とも自白せずにいるのがもっとも得なはずですが、「相手だけが自白した場合、自分の刑期が延びてしまう」と考え、「自白する」ことを選択してしまいます。
これが「囚人のジレンマ」です。
短期的か長期的かによって戦略が異なる
「囚人のジレンマ」がゲーム理論であることは前述しましたが、こうした「選択のゲーム」は、繰り返すことによって学習されるものです。
一度だけのゲームでは、選択のための情報が不十分で、2人の容疑者は互いに「裏切り」を選んでしまうでしょう。
事前に打ち合わせが出来ず、相手の選択が予測できない場合、少なくとも自分が損をせず、あわよくば自分だけが得をするであろう選択をしてしまうのです。
けれども、ゲームを繰り返すうちに、かれらは「協調」にメリットを見出します。
「しっぺ返し戦略」と言って、相手に裏切られたら次のゲームでは自分が裏切り返す、相手が協調を示してくれたら次は自分も協調を返すということを繰り返しながら、双方が協調しあえる状況へとすり合わせていくのです。
つまり、「短期的か長期的か」という条件の違いによって、選択する戦略が違ってくることがおわかりいただけたでしょうか。
問題になる3つの場面
では、実際の企業活動において、「囚人のジレンマ」と呼ぶべき問題には、どのようなものがあるでしょうか。
3つの例を挙げてみました。
価格競争の加速
価格競争は、まさに「囚人のジレンマ」でしょう。
同業社同士の協調が互いのメリットにつながるとわかっていても、他社が価格を低く設定していれば、自社だけが高い価格設定にするわけにはいかないのです。
そのため、本当は互いに価格競争を避けたいと思いながら、エスカレートしていくことを止められません。
銀行の金利引き下げ
「囚人のジレンマ」は、金融業界でもしばしば問題として挙げられます。
金利の引き下げがその最たる例です。
どの銀行も同じ金利であれば、それぞれの銀行は金利以外の独自のサービスで顧客を獲得しようとするはずですが、実際には顧客を増やすために金利引き下げ競争が起きているのが現状なのです。
サービス残業の増加
「囚人のジレンマ」はサービス残業の問題にもつながります。
仮に、残業することが高い評価を得られるとしましょう。
皆が定時で仕事が完了しているにもかかわらず、自分だけは高い評価を得ようと、定時以降も残る社員が出てくるに違いありません。
けれども、皆が同じように考えて等しく残業するようになると、評価にはつながらずに単にサービス残業が増えたという結果に終わるようになります。
状況を回避する方法
囚人のジレンマを回避するのには、協力が必要です。
協力して、相手が裏切る可能性を排除するのです。
そのためには、ふたつの方法が考えられます。
①まず、違反した場合の罰則を設定することを考えてみましょう。
たとえば、業界で価格の下限などを設けた場合、この規制に実効性を持たせるために、違反した際の罰則も設ける必要があるでしょう。
②さらに大切なのは、日頃から信頼関係を築くことです。
それにより、相手を裏切れないという絆をつくるのです。
これらの方法によって常に協力し合えるようになれば、「囚人のジレンマ」は回避できるはずです。
ヤマアラシのジレンマ
次に、「ヤマアラシのジレンマ」とは、どういうものでしょう。
それは、個人と社会の間で起こる、2つの相反する欲求への葛藤のことを言います。
人間関係を語る上でも重要なこの概念を、以下に説明していきましょう。
ヤマアラシのジレンマの由来
ヤマアラシの群れを想像してください。
かれらは、身を寄せ合って寒さを凌ごうとしますが、互いの身体のトゲで傷つけあってしまいます。
ヤマアラシたちは、何度も傷つけあっては離れ、また身を寄せ合う、ということを繰り返しながら、互いのトゲに触れない程度にあたたまれる距離感を探り当てるのです。
「傷つけ合いたくない」「あたたまりたい」、2つの欲求への葛藤が「ヤマアラシのジレンマ」です。
この寓話そのものは、ドイツの哲学者・ショーペンハウエルが唱えたものですが、これをもとに、人間関係における距離感の葛藤をフロイトが「ヤマアラシのジレンマ」と呼びました。
人間関係の難しさを表現した言葉
実際の人間関係においては、親しさが増すほどに相手に対する期待や要求は大きくなり、互いに苦しくなりがちなものです。
「距離が近づくほど苦しいが、離れすぎると寂しい」という距離感の難しさを、「ヤマアラシのジレンマ」という言葉で表わしているのです。
イノベーションのジレンマ
「イノベーションのジレンマ」は企業にとって重要な意味があります。
これは、アメリカの経営学者、クレイトン・クリステンセンが提唱した考え方で、大手企業がかつての成功にとらわれて新しい価値観を軽視した結果、市場競争に敗北するリスクがあることを説明したものです。
既に成功した経験のある製品・技術・サービスの高度化にばかりこだわって、イノベーションの機会を逃し、市場を奪われてしまう状況を「イノベーションのジレンマ」と言います。
詳しく見ていくことにしましょう。
破壊的イノベーションと持続的イノベーション
イノベーションには、「破壊的イノベーション」と「持続的イノベーション」とがあります。
「破壊的イノベーション」は、既存の事業やニーズから離れ、まったく新しい角度からの価値提供を生み出します。
リスクはありますが、うまくニーズにヒットすれば、爆発的な利益が期待できます。
価格や地域などの条件によってこれまで手が出なかった顧客層に、アピールしてゆくのも狙いのひとつです。
そういった潜在的な顧客を対象に、従来とは異なった新しい価値観を提案していくのが「破壊的イノベーション」なのです。
対して、既存の製品、技術、サービスなどを改善してゆくことが、「持続的イノベーション」にあたります。
すでに成功しているものに顧客のニーズを付加し、市場競争に勝ち残ってゆこうというわけです。
「持続的イノベーション」は、既存顧客を対象にし、現在の不満点を解消しながら、従来の価値観を維持していくというスタイルです。
「持続的イノベーション」が進化すればするほど、やがて顧客は提供された製品やサービスに満足し、それ以上のものを求める必要がなくなります。
つまり、「持続的イノベーション」には限界があり、そのとき、「破壊的イノベーション」が生じるのだとも言えます。
イノベーションのジレンマが生じる理由
「イノベーションのジレンマ」が生じる理由について見てみましょう。
- 既存技術で利益を得てきた企業は、既存の顧客を残すことにこだわり、破壊的な技術導入のリスクを避け、そのため、イノベーションに出遅れる。
- 顧客が既に満足しているにも関わらず、需要がないのにさらなる品質向上や技術革新を繰り返してしまい、時代にそぐわないひとりよがりな経営に陥ってしまう。
- 新しい市場は、大企業が満足するだけの規模ではないため、投資に躊躇してしまい、参入のタイミングを逸してしまう。
このように、「持続的イノベーション」を進めてきた企業にとっては、「破壊的イノベーション」への転換は非常に難しいものとなります。
イノベーションのジレンマは大企業ほど陥りやすい
大企業や老舗企業の経営者は、ついつい既存の製品やサービスでの成功に捉われ、顧客の新たなニーズに気づくことができません。
その場合、後発の企業が新しい角度から顧客のニーズを満たすサービスを提供したとき、対向の措置をとることが難しくなり、「イノベーションのジレンマ」に陥ることになるのです。
前述した「イノベーションのジレンマが生じる理由」に該当するのは、すでに利益の基盤をもつ大企業がほとんどであるといえるでしょう。
大企業から見れば、新しい技術は未熟でリスキーなものとして映ります。
取るに足らないように見える小さな市場のために、自社が大きな変革を強いられることなど、容易には受け入れられません。
そのため、新しい市場に脅威を抱くこともないまま、時代の変化に乗り遅れてしまうのです。
近年はこれを解消しようとする動きもあり、新しい発想や方法の模索、ベンチャー企業との共存戦略などを取り入れる大手企業も現れています。
イノベーションのジレンマによるリスク
「イノベーションのジレンマ」には、リスクが伴います。
「持続的イノベーション」に取り組んできた企業は、既存の事業の向上にのみこだわりすぎて、顧客の本当のニーズが見えなくなりがちなのです。
従来の製品やサービスに対する顧客の評価にばかり気を取られている間に、同業他社が「破壊的イノベーション」を起こしたらどうでしょう。
それによって生み出された全く違う価値観に、顧客のニーズが転換してしまった場合、既存の市場は置いてけぼりを喰らうことになります。
安全策のつもりで冒険を避け続けた結果、時代に取り残される恐れがあるので注意しなければなりません。
イノベーションのジレンマへの対策
イノベーションのジレンマを回避するための対策として、3つの方法を紹介します。
①消費者の需要や流行の変化などを常に注視し、客観的に捉えることです。
長く経営に携わると、自社の製品やサービスに対して先入観をもってしまいがちです。
開発や企画を担当する各人が、時代の変化を肌で感じて、新たなイノベーションを予測していきましょう。
②消費者の立場に立って、競合他社の製品やサービスを利用してみてください。
自社が提供している製品やサービスについては、だれしも知らず知らずに固定観念が生まれてしまうものです。
消費者のニーズや評価との間にギャップが生じることが少なくありません。
他社と比較しながら、消費者の目線で自社製品・サービスを評価することが大切です。
③試行錯誤を繰り返すことです。
企画・開発には長い時間がかかりがちですが、製品やサービスを市場に送り出すころには、消費者のニーズが変わってしまっているかもしれません。
イノベーションを成功させるためには、なるべく小刻みにトライアンドエラーを繰り返すことが必要です。
規模を抑えることでリスクを回避し、短期間に繰り返すことによってリアルタイムなニーズにすり合わせていくのが上策です。
人事におけるジレンマ
実は、企業による人材育成も、このようなジレンマをはらんでいます。
人材育成が必要と理解しながら、それに充分な時間を割くことができなかったり、逆に過度な教育によって個人の自主性が損なわれたり、といった問題です。
新人の育成に時間をかけられない
「自発的に行動できる新人」の育成は急務ですが、その教育にかけるだけの時間が充分にない、というのは、人材育成における一番のジレンマと言えます。
早く成長して戦力になってほしいと思いながら、教育する側も目の前の業務に時間をとられて新人教育が疎かになってしまい、なかなか育てられない、というのは、どの職場でもみな経験があることでしょう。
自主性が育たなくなる可能性がある
逆に教育しすぎると、社員の自主性が損なわれる可能性が生じる、というのもありがちな話です。
何から何まで手取り足取りではなく、「自分で考えさせる」ようにすれば、教育する側も時間の節約となり、新人も自分で考える習慣を身に付けることができます。
「新人に早く戦力になってほしい」のはみな同じです。
臨機応変に対応を変えながら、人材育成に努めましょう。
ジレンマの特徴を理解し回避していきましょう
企業における「ジレンマ」について考察してきました。
ことに、新たなイノベーションにつきまとう「イノベーションのジレンマ」は、企業にとって大きな問題です。
既存サービスに固執せず、広い視野で市場をフラットに観察することが重要です。
イノベーションのジレンマに向き合うことは、顧客ニーズの変化に伴って猛スピードで移り変わる市場で、競争に勝ち抜くために必要です。
イノベーションにはメリットもあればリスクもあります。
既存事業との兼ね合いを図りつつ、新たな市場ニーズへ参入していくなど、柔軟な経営判断が迫られますが、企業としては、あくまでも負債を抱えることなく、市場競争に勝ち残ってゆかねばなりません。
多くのジレンマを抱えつつ、広い視野で市場に向き合ってトライアンドエラーを繰り返しながら時代を味方につけたいものですね。
また、自社の利益だけを考えて「囚人のジレンマ」に陥らないようにも気を付けることも忘れないでください。