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【講演レポート】 「人的資本の最大化と情報開示」を実現 人事データの戦略的蓄積と活用方法とは?

※本記事は日本の人事部「HRカンファレンス2022-春-」開催レポートに掲載された内容を転載しています。
《「HRカンファレンス2022-春-」開催レポート》

田中 研之輔氏(法政大学 キャリアデザイン学部教授/一般社団法人プロティアン・キャリア協会 代表理事)
石田 裕子氏(株式会社サイバーエージェント 専務執行役員 人事管轄採用戦略本部長兼任)
矢野 茂樹氏(株式会社ワン・オー・ワン 代表取締役)

今、企業に求められている「人的資本の最大化」と「人的資本の情報開示」。昨今ではESG投資が注目されるなか、2018年12月に国際標準化機構(ISO)によるISO30414(人的資本に関する情報開示のガイドライン)も発表された。本講演では、人的資本を情報開示するためだけのデータ蓄積ではなく、人的資本の最大化を狙いとした効果的なデータ活用方法を解説する。法政大学 キャリアデザイン学部教授でプロティアン・キャリア協会代表理事の田中研之輔教授、サイバーエージェント専務執行役員の石田裕子氏、ワン・オー・ワン代表取締役の矢野茂樹氏に、最前線の取り組みを聞いた。

プロフィール

田中 研之輔氏(法政大学 キャリアデザイン学部教授/一般社団法人プロティアン・キャリア協会 代表理事)

(たなか けんのすけ)UC. Berkeley元客員研究員 University of Melbourne元客員研究員 日本学術振興会特別研究員SPD 東京大学 /博士:社会学。一橋大学大学院社会学研究科博士課程修了。専門はキャリア論、組織論。社外取締役・社外顧問を30社歴任。個人投資家。著書26冊。専門社会調査士。

石田 裕子氏(株式会社サイバーエージェント 専務執行役員 人事管轄採用戦略本部長兼任)

(いしだ ゆうこ)2004年新卒でサイバーエージェントに入社。広告事業部門で営業局長・営業統括に就任後、Amebaプロデューサーを経て、2013年及び2014年に2社の100%子会社代表取締役社長に就任。2016年より執行役員、2020年10月より専務執行役員に就任。人事管轄採用戦略本部長兼任。

矢野 茂樹氏(株式会社ワン・オー・ワン 代表取締役)

(やの しげき)エルメスジャポン、ワークスアプリケーションズを経て、2009年株式会社オムニバスに参画。後に同社代表取締役。2017年M&Aでクレディセゾンのグループに入り後オムニバスの代表取締役、クレディセゾンデジタル事業部、セゾンベンチャーズの投資委員を兼任。2021年より株式会社ワンオーワンの代表取締役に就任。

企業人事に求められる「人的資本の最大化」と「情報開示」

矢野氏が代表を務める株式会社ワン・オー・ワンは、もともとはオラクル出身のエンジニアによって創業。2019年に東証1部上場のオーケストラホールディングスにグループ入りし、事業を展開している。

同社が手がけるのが、人材管理システムの「スキルナビ」である。タレントマネジメントの重要性が注目される前だった2010年より提供を開始している。『スキルナビ』では、ISO30414で推奨される11項目に対応可能な段階まで開発が進んでいる状態だと言う。

はじめに、法政大学にて、組織内キャリアから自律型キャリアへのトランスフォーメーションの研究を15年以上続けている田中教授が「人的資本」について解説した。

田中教授が特に注目するのは、社会の状況に合わせて自らを変化させていく「プロティアン・キャリア」という考え方だ。これまでの日本におけるキャリアの形は、一つの会社で定年まで勤め上げ、その中で昇進していくのが一般的だった。しかし、社会情勢や会社と個人の関係性に大きな変化が訪れた現代社会では、キャリアの成否を決めるのは会社でなく個人。会社は、個人のポテンシャルを最大化するための組織づくりが必要なのだ。

「従来の『組織内キャリア』では、 一つの組織の中で流動性も少なく、硬直したキャリア構築にとどまってしまう。もうそれでは限界があると思います。個人が、自律的かつ主体的に手を挙げて、どんどんチャレンジしていけるような会社の仕組みや人事制度が求められているのです。つまり、『人的資源』から『人的資本』への考え方の転換が起きていると言えます」

「人的資本の情報開示」が求められているのは、こうした時代背景から来ていると田中教授はいう。

「結論から先にお伝えすると、『人的資本の最大化』と『人的資本の情報開示』に対応できない企業は、これからポテンシャルの高い人材を確保できなくなるでしょう。戦略人事は経営戦略とひもづけて考えるべきです」

人事データを活用し、社員のエンゲージメント向上と組織改善につなげる

続いて、「人的資本の情報開示」に向けて戦略人事に取り組むサイバーエージェント社執行役員の石田氏が、人事データの戦略的蓄積と活用について語った。

石田氏は、2004年にサイバーエージェントに新卒入社。広告事業部門で営業局長、営業統括に就任後、子会社の代表取締役社長を歴任。現在は専務執行役員として、採用育成本部長を兼任している。

サイバーエージェントでは、これまでも透明性が高くオープンな社風のもと、積極的な情報開示を行ってきた。業績や事業戦略だけでなく、従業員数、管理職比率、取締役に占める女性比率、育児休業取得率など、いわゆるESGデータの情報も含まれる。

「子会社の社長に若手社員を抜てきして経営経験を積ませるのは、中長期的な人材戦略・人材育成の一つだと私たちは捉えています。また、若手を抜てきする機会や、年齢や役職を問わず経営課題を議論する場が多いという情報を開示することは、企業の競争優位性にもつながると考えています」

さらに同社では、定期的な従業員のコンディション把握とエンゲージメントサーベイを目的に、「GEPPO」というシステムを自社開発し、2013年より導入している。全社員を対象に、コンディションの主観評価を天気で五段階評価してもらうほか、組織の様子や自身のキャリア志向について、内容を変えて三つの質問に毎月答えてもらう仕組みだ。

「GEPPO」から得た人的資本データの蓄積により、社員が本当に求めている人事施策のブラッシュアップと、組織課題の発見につながっているのだ。ただ、これらを実現するためには、単にデータを収集するだけではなく、運用・活用することが欠かせないと石田氏はいう。具体的に、どのようにデータを活用しているのだろうか。

「データを活用するポイントは二つあります。一つは、社員の主観意見という定性情報を定量化することです。たとえば「組織の生産性は高いと思いますか?」という質問に対して、一人ひとりの回答はバラバラでも、部署ごとの塊で見ると大体の傾向がわかります。部署間で比較したときにそれぞれの部署の課題が見えやすいため、早期の解決につながるのです。

もう一つは、毎月回収した『声』に対して、必ず何かしらのアクションを取ることです。どんなにネガティブな意見も忖度(そんたく)なく役員会議に挙げていますし、『この人は上司との相性が良くなさそう』『スキルがこのポジションでは生かせていないかも』と感じたら、配置転換などの対応をすることもあります」

人事データと一口に言っても、入社年月や異動歴、給与、評価などと多岐にわたる。そのため、いろいろな情報が社内で散在してしまいがちでもある。データをきちんと経営戦略や人材戦略に生かすため、サイバーエージェントでは2019年より人事データ統括室を新設し、データの一元化および分析、活用を行うようになった。「GEPPO」で蓄積したデータを活用したことによって、目に見える成果も出てきた。「あなたのチームの関係性は良好ですか?」という質問に対し、「はい」と回答した割合は2018年時点の74%から直近では79%に上がったという。

石田氏はデータの蓄積および活用の重要性について、次のように語る。

「データの適切な運用によって、社員のエンゲージメント向上や環境の改善につながりました。あらためてお伝えしたいのは、情報を開示することがゴールではないこと。データの活用を目指していくと、より意味のあるデータ収集につながり、社員の働きがいにつながると考えています」

データを柔軟に取り込み、見たいKPIに即時かつ柔軟にアクセスできる人事管理システムを

続いて、「人的資本の情報開示」を実現するHRテクノロジーのプログラム開発に取り組むワン・オー・ワン代表取締役の矢野氏が、システム視点で見たデータの適切な収集方法について解説した。

矢野氏は、エルメスジャポン、ワークスアプリケーションズを経て、2009年にデジタルマーケティング企業のオムニバスに参画。のちに同社はM&Aでクレディセゾンのグループに入り、そこで代表取締役を務めた経験も持つ。2021年より現職。事業会社から代理店まで、幅広い職種に携わってきた。

矢野氏は、2022年5月に公表された「人材版伊藤レポート2.0」を引用し、人的資本経営の取り組み進捗に関する調査結果について触れた。レポートでは、「人材ポートフォリオの定義」「必要な人材の要件定義」「適時適量な配置・獲得」など、単純に数値化することが難しい領域の進捗が特に遅れていると指摘している。

「人的資本の情報開示」が求められるようになって以降、顧客から「どのように対応していけば良いのか」という問い合わせが急増したという。矢野氏は、「自社のKPIを独自に設計して行く必要がある」としたうえで、対応のポイントを二つ挙げた。

「一つ目のポイントは、『各種必要なデータをどのように集めるか』ということです。さきほど石田さんも『人事データが散在していた』と話していましたよね。比較的大きな規模の会社では、本体の人事データは存在するけど、グループ会社の情報に関しては紙ですら記録していないといったケースも少なくないようです。

二つ目のポイントは、『さまざまなデータを取り込んで、活用できる状態をどれだけ作れるか』だと考えています。財務会計、人事給与、採用管理、研修管理、従業員アンケートなど、分散している各種データを一つのデータベースに統一し、自社で設計したKPIがダッシュボードで可視化され、それをもとにさまざまな意思決定がなされていく。こういった流れが実現できる仕組みが必要です」

「スキルナビ」というシステムを提供する上でも、以下の三つの観点が欠かせないという。

  • データの取り込み・他システムとの連携の柔軟性
  • システム内にあるすべてのデータを分析に活用できること
  • やりたいこと・見たい指標が変わってもすぐ対応できること

「見たい指標は、会社の状況に応じて変わる可能性があります。その際に、機能的な理由でそのデータが出せないようでは、システムを導入する意味がないと思っています。データを取り込んでおけば、即時かつ自由な形で比較できる。そんな環境を、私たちとしては提供していかなければならないと考えています」

人的資本の活用は、経営戦略の肝として位置づける必要がある

それぞれのプレゼン後は、3人によるディスカッションが行われました。

田中:石田さん、矢野さんのお話を非常に興味深く聞いていました。よく「人的資本の情報開示は大変だ」という声も聞かれますが、原本を読めばきちんと数式も示されているし、しっかりとロジックを組めば難しくありません。経営と組織をめぐるグローバルスタンダード、共通言語を手にしよう、ということですね。

私が仕事で携わっている各社も、石田さんのようにボードメンバーの中に人事のトップが入っているケースが多いです。人的資本の最大化と情報開示は両輪でやるべきだと言えるでしょう。石田さんから見て、ワン・オー・ワンの取り組みはどのように感じましたか。

石田:誰がどのように見ても、データから分析内容が一目瞭然でわかるというのがとても良いですね。データが羅列されているだけだと、それが何を示すのかという点から考えなければいけませんから。

田中:矢野さんから見て、サイバーエージェントの取り組みはどうでしょうか。

矢野:データは活用しなければ意味がないという言葉に、共感しました。企業の多くは、情報開示そのものが目的になってしまいがちですが、サイバーエージェントはきちんとデータを使える状態になっているのが大変良いと思います。

田中:データに対する認識は、HR界隈全体で変えていかねばならないと思っています。データは、単に情報管理するためのものではなく、個人と組織の成長開発に生かすためにあるもの。だからこそ、この情報開示の流れをきっかけに、人的資本の最大化に向けて経営戦略と人事戦略も絡めて推進していけるといいですね。

質問が来ているので取り上げます。「サイバーエージェントの『GEPPO』は派生システムが6種類あるとのことですが、サーベイも複数回実施することでユーザー側の回答負担が増えると思います。回答率や社員が感じる負担感は実際どうなのでしょうか」。石田さん、どうでしょうか。

石田:おっしゃる通りで、その懸念をまさに感じていたところでした。そこでサーベイの頻度を変えることで、負担感をなくしました。回答率は100%を実現しています。やはり、回答に対して人事側がきちんと返信して双方向的なコミュニケーションを取っているからこそ、サーベイの重要性を認識してもらえているのではないかと思います。

田中:次の質問です。「非上場企業ですが、人的資本のデータ活用は今後の企業の存続においても重要だと感じています。サイバーエージェントでは、何人規模の従業員に対して、人事側は何人で対応しているのでしょうか」

石田:1万人の社員に対し、全社横断のタレントマネジメントを専任で担当するキャリアエージェントというチームに6~7人が所属しています。

田中:「スキルナビ」では、何人までのデータ管理ができるのでしょうか。

矢野:今のところ、上限は特にありません。

田中:何万人規模のデータに対応できれば、HR・キャリア開発においてあらゆる企業間での共通言語を手にすることができ、良い変化が起こるでしょう。最後に石田さん、矢野さんそれぞれから、メッセージをいただけますか。

石田:今、私たちが注力しているのが、データとして欠損している項目を完璧な状態に構築する点と、いかにリアルタイム性を重視しながらデータを蓄積していくかという点です。

そのときに大事なのが、経営とシステム開発側とが連携をして目線を合わせること。なぜそのデータを抽出したいのか、意図を伝えるようにしています。出てきたデータに対する共通認識を一人でも多く持つことによって、より意味のあるデータとして戦略に生かせるのではないかと思います。

情報開示が進んでいくと、その会社が人に投資をしているのかどうかが一目瞭然です。きちんとやらなければ、優秀な人材から選ばれなくなってしまいますので、死活問題だと捉えて取り組んでいます。まずは経営陣も人事も、その事実を認識することが第一歩かと思います。

矢野:私たちはシステムを開発・提供する立場として、人事の方々がいかにやりたいことを実現できる状態をつくれるかを何より重視しています。システムの使用や機能面がそれを妨げないように、ますます力を入れて開発していきたいと思います。

田中:最後にあらためてお伝えしたいポイントは、人事は経営戦略の肝だということ。戦略部門の一員として、人的資本の最大化と情報開示に向けてぜひアクションを起こしてください。